岩手県沿岸の津波の浸水想定区域図が更新されたものが公表された。
概要と説明はPDFで掲載されている。
想定最大の津波に対する浸水想定を公表したことになっている。
対象とする地震想定が依然の2つから5つに増えているが,田野畑から南のほとんどが2011年の地震による再現ケースが最大で,普代以北は,日本海溝の断層想定モデルでの条件が最大となるようである。
震災の少し後に示された津波の状況と比べても,あまり違いはない。
沿岸の津波の高さは15mを少し超える。安渡付近で15.5m,大槌川河口で15.8m。
防潮堤は14.5mなので,想定最大の津波に対して足りない。これは以前の想定と大きく違わない。
防潮堤が全くなくなるケース(PDF, 公式の浸水想定区域図)
条件としては,越水したら堤防が完全にない場合となっている。つまり,津波の高さに堤防が足りなければ,モノがすぐになくならないはずだが,条件では瞬時に,なにもなくなる(地盤高になってしまう)という条件での計算である。
あの巨大な堤防が「なにもなくなる」というのはあり得ないのだが,
越水した場合には,その14.5mの堤防は,瞬時に地盤高までなくなり,堤防がない状態として浸水する,という非現実的な条件で計算するように指示しているのは,国が作成したマニュアルである。それは,人々の避難を検討する上で「最悪条件下で想定する」とするためということである。
■防潮堤が壊れない想定も公表している。
一方,2011-12年頃には,震災直後のまちづくりの計画のときに,県・町の資料として,越水に耐えられる堤防として整備したら,どの程度の浸水になるのかを一度提示しているはずである。
それを一度提示していることに配慮して,岩手県は独自に,防潮堤が耐えられる場合の浸水想定を参考資料として公表している。
防潮堤が壊れないというケース(PDF,参考資料として岩手県独自に公表)
その条件では町方の盛土まで浸水するが,破壊的な激流にはならない。盛土上の浸水は0~0.5mとなっている。2012年ごろに示されていた図と大きな違いはない。変わっていないのである。
ちなみに,大槌町町方の防潮堤は,表面をすべて耐越水の構造となっているので,「そのままの形」が維持されていれば,越水しても形を保つはずである。保っていれば14.5mまで水位が上がってくる間は,逃げる時間が稼げる。(少なくとも36分) しかも,越水しても越水する量が抑制できるため,町方の新市街地の浸水は「激流による」破壊ではなく,水がたまっていくという形になる。
そうでない場合,つまり,地震の揺れは,越水してもある程度形が持ってくれるのであれば,よいが,コンクリートが割れるとか落ちるとかして,入れば,越水で浸食が進行する。(それも時間が稼げるが) ここが,現実にはわからない,ぼやけた条件となる。
ーーー 騒ぎ方がおかしい。
浸水想定区域図は,国がルールを定めて,県が計算・公表しているものである。「越水で防潮堤蒸発ルール」は,国が「最悪条件」を求めるために設定している,計算上のルールである。
これは,県が想定したい条件でもないし,
国が「堤防がなくなる」と言っているのでもない。
とにかく最悪,を想定して,避難に活かす,という前提としているだけである。
こういう騒ぎ方をしてはいけない。
・「国は防潮堤は壊れないといった」
⇒国は防潮堤の設計はしていない。国は防潮堤の高さを定める原則を作っている。越水したら壊れないことは,少なくとも「国は」保証していないはずである。
・「防潮堤で守れるという話だった」
⇒それは,100年クラスの津波に対してである。守り切れる設計上の外力としては,2011年の最大級の津波ではなく,明治三陸のような100年クラスの津波である。それも,湾内で統一した高さにせよというルールにしたのは,国である。どんな津波でも守れるという施設の設計は,いまの日本ではやっていない。
しかも,町の現場の声としては,もっと低くてよいという議論もあったし,もっと高く,1000年クラスでも守り切れる高さにしてくれ,という要望もあった。
ーーー こういう騒ぎ方もおかしい。
「この赤い絵を見て,どうすればいいというのか」
大槌に限って,その話はおかしい。この図は,2011年でやられたところは,やはり全員逃げなければいけない。その範囲で,今後は逃げなくてもいい,という判断をするならば,あの時から10年何をやっていたのか,ということになるだろう。大槌町の場合は,当時逃げなくてはいけなかったところではやはり逃げろ,という事なのだから,状況はシンプルである。
ーーーこういう騒ぎ方はありうる。
2012年頃に公表のマップで浸水するとされていなかったが,浸水想定区域になった地域の人たちである。
大槌町の場合,堤防が完全蒸発の想定では,2011年よりもさらに川の上流に浸水域が広がっている。2011年の現実には,コンクリートの堤防がある程度時間と水の量を稼いだり,実際には家などのがれきが橋に詰って川をせき止めたり,と言う効果があり,浸水の遡上を抑える効果があったが,計算ではそれは入っていない。
ーーー現実感は持てるか,問題。
私自身は,想定最大ケースだけを浸水想定区域図に設定してしまった国のルールには不満がある。
やはり,施設設計上の想定の津波(100年クラス)についても,絵を見せるべきだったと思う。
1枚の絵しかないと,それが起こることだ,と人々は誤認する。
だが,今回は,「起こること」の絵ではない。
「少なくとも,この色が付いた範囲の人たちは,避難行動を起こさなければいけない」「その範囲に逃げなければいけない」ということを示しているだけである。 この絵が起こるのではない。
じゃあ,浸水が起こるのはどこまでなのか,もっと示せよ,となるが,それができれば世話はないのである。
そもそも,想定最大の津波でも,堤防がある程度持ってくれて,がれきなどが橋に詰ってくれて,など,現実的な条件を入れれば,かなり想定は変わる。そして,そんな津波は,私たちから3世代生きている間には,100%に近い確率で来ないのである。
来年にでも津波は来るかもしれない。だが,それは様々な規模の地震・津波があり得て,実にぼやけた存在である。
川の氾濫であれば「200年確率,100年確率,30年確率」とか現実にありえそうな浸水の絵をいくつか見せられるが,それすら「それが起こる」ではない。あくまでシナリオに沿った結果でしかない。
今回の公表の目的にはっきり書いてある。被災しないための絵ではない。「どこまでどうなるのかわからないから,考えられる最大の範囲で避難をどうするのか」を検討する絵である。
そして,ここが大事なのだが,「被災しないためのギリギリの線はひけないんだよ!」という前提で理解しなくてはいけない。
だから,足腰がわるくても,体が動かせない人も,どうやって色なしのところに逃げる算段をしようか,という相談をしなくてはならないのだが。
本当は,被災したかどうかにかかわらずまちづくりの前に,いや被災前からそれをやるべきだったのだ。
この絵が気に入らないからと言って,逃げないよ,というのは,現実として同じ絵を見せられた大槌では,11年たってありえないことではないか,と思う。